「アッシステンツァ(assistenza 伊語 支えること)」カトリック.サレジオ修道会が世界中の恵まれぬ子どもたちを導き育てることを会のカリスマ(霊性あるいは使命)として活動するとき、その方法を表わすキー・ワードがこの“assistenza”である。それはつまり、大人(サレジオ会神父を中心とした)たちが、常に子どもたちの傍に居て、共に遊び、学び、スポーツや音楽を楽しみ、暮らすことを通じて、彼らの成長を支え、励まし、癒すというサレジオの子育てのスタイルであり、精神そのものなのである。
「ガクエン」、「ガッコウ」、「ヒジリ」とは私たちがそれぞれ「東京サレジオ学園」、「育英学院サレジオ小・中学校」、「聖高原サレジオの家」という3つの建築を呼ぶ呼び方であるが、この連鎖する3つの建築の10年余りにわたる建築の過程に通底するものづくりの諧調は、今思えば、やはりこのassistenzaであるということになるのかも知れない。そのガクエン、ガッコウ、ヒジリは1980年代から90年代にかけてつくられたが、それはすぐれて建築の20世紀=モダニズム世紀の終末期、その成熟と回帰・再解釈のフェーズの中での建築営為である。建築界がポスト・モダニズムの記号ゲームの高潮期にある中で、私たちはそれとは明らかに一線を画し、一方で脱構築主義(DE
CONSTRUCTION)の鮮烈なニューウェーブにも未だ遠いヨーロッパでの出来事として距離を置いていたのであった。むしろ私たちには、未経験な眼前のテーマ=「児童福祉」と「キリスト教精神・文化」への肉迫と、東京小平という特定の場所や戦後日本というリアルな時間(=場所)に踏みとどまるという建築的なスタンスに各チームの神経は集中していたのである。
ところでこの“assistenzaする建築”とは、住まい手=子どもたちが、護られ、学び、くつろぐことを目的にしてつくられるのだが、サレジオの大人たちの養護や教育がそうであることを理想とするように、「建築のサレジオ」も文字通り子どもたちを、その生活を脇から支えることを喜びとし役割と心得て建とうとしている。瓦屋根や木製デッキ。中庭。さまざまなアートワーク。それらは、「住宅は住むための機械である」という正しく今世紀的な建築精神が「世紀末」に時と場所を得て結実した、サレジオ的なひとつの帰結である。それは同時に、「歓びのうちに主に仕えよ(SERVITE
DOMINO IN LAETITIA)」というガクエン聖堂の正面入口楯高く彫り込まれた、子どもたちをめぐるサレジオの大人たちの精神= assistenzaの戦いの戦列に脇目もふらず並ぶことを潔しとするサレジオに関わる建築者たちの態度の結晶でもある。
サレジオの庭を歩きながら考えるとき、子どもたちをassistenzaする建築が、目に見える陽の光や庭の千草からだけでなく、目に見えぬ土中の微生物や深更の星辰から子どもともどもassistenzaされているという着想を得ることができるのはうれしいが、何よりも、建築もまた元気よく走り回る子どもたちからassistenzaされていると思える時があるのはこの上ない至福である。
藤木隆男(建築家)1996年6月
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