1. 東京サレジオ学園の調理と食事の変遷について
平成17年4月から園舎での調理が始まりますが、この計画は急に持ち上がった話ではありません。現在の学園の建物が竣工したのは譲葉の舎が今から20年前、 そして厨房、管理棟等を含む建物群が出来上がったのが19年前で、それ以前から子どもたちの生活の中で、食事のことが大きな課題として取り上げられ、 工夫が重ねられていたのです。それこそ創立当初は食べ物を探し調理し、子どもたちに食べさせることは職員の大事な仕事でした。阿部徹雄氏の 「日本に生きるドン・タシナリ」には学園創設時代のエピソードとして大釜を探す話が出ています。充分な食料を調達するために雑木林を開墾し畑を作り、 牛を飼い、豚を飼い、鶏を飼っていました。子どもの世話をすることは食べさせることをも意味していた時代でした。時代が移り、食料の調達が問題なくなると、 今度はいかにして子どもたちに栄養のある温かい食べ物を提供するかに焦点が当てられました。学園の当初からの食事の形態は集団給食でした。 決まった時間内に一斉に食事を取らせる方式でした。そのためには皆が一律に一斉に食べることが条件付けられていたのです。その中で個人の要求や好み、 身体状況などは第二次的なものとなっていました。
  しかし、社会環境や生活環境が次第に整備されるにつれて、本来の食事についての要求が出てくるようになりました。温かいものは温かく、冷たいものは冷たくして食べられないものか?  そのような中から、一斉の食事でありながらその途中にいろいろな工夫がなされるようになっていったのです。しかし、小手先の工夫はできても抜本的な解決にはなりませんでした。 あまりにも集団規模が大きかったのです。そこで20年前の処遇の改善を目指しての園舎改築計画即ち「東京サレジオ学園総合計画」が持ち上がりました。
  この総合計画では各園舎に台所を設置したものの、朝食以外は厨房で調理したものを各園舎に食缶で運び配膳して食べるという半調理システムの形をとっていました。